人の動体視力を笑うな

動体視力

何を信じたらいいか、分からない?みんな、そうさ動体視力

「や、やめてください…」

連れてこられたのは、公園からほど近い人気の少ない路地。
いかにもこういう人らが集まりそうやなっていう定番中の定番であろう場所で、ななはたくさんの男の人に囲まれ子犬のように震えていた。

「あ?なんだって?」

ドンッ
男の人の顔がグンッと近づき、耳元で空気が切られ壁に手が押し当てられた音がする。
世にいう壁ドンってやつ…。

「やめてください…」

舐め回すように視線を向ける男の人に耐えられず、触れた経験なんてあまりない男性の固く逞しい肩を押す。
しかし、ろくに筋肉なんてないななの貧弱な腕じゃ男の人をよろめかすどころか、ピクリとも動かすことはできない。

「なんだよ、俺らがせっかく遊んでやろうって言ってやってるのに。なぁ、七瀬ちゃん?」

聞き慣れない呼び方。
慣れない男性の声。

思わず耳を塞ぎたくなるけど、壁ドンに驚いた自分の体は思うようには動いてくれない。

「とりあえず、俺らを楽しませてくんない?なーなーせーちゃん?」

強ばった体。冷たい手。近付いてくる男の人の唇。
壊れかけのおもちゃのように止まっては動き、また止まる思考の中浮かぶのは飛鳥だけ。

お願い飛鳥、助けてっ…。

力を振り絞り、冷たい手をぎゅっと強く握りしめて目を瞑り、次に感じるであろう唇への感触から逃げる様に顔を背けたその時

ゴンッという鈍い音が近くで聞こえた。
次に、ドサッというなにやら大きなものが落ちたような音も。
そして…

「気安く俺の彼女の名前呼んでんじゃねぇよ!」

ななが一番求めていた人の声がした。

その声に目を開けると、さっきまでななに顔を近づけていた男の人らしき人は地面に突っ伏し気絶しているのかピクリとも動いておらず、その男の人を見下すように肩で息をした飛鳥が立っていた。

「飛鳥っ!」

「ごめん!遅くなった」

怒りに身を任せている飛鳥は、ななを見ると少し表情が柔んだ。
無事で良かった…。そんな言葉を呟くと、ななを守るようにななの前に立ちはだかり大きく手を伸ばした。

「あ?なんだお前?俺らの仲間潰しておいて生意気に女なんか守って」

「俺の彼女だ。手を出すな」

何年間も同じグループで接してきて、聞いたこともない声が飛鳥から発せられていた。
低く、威圧的なその声に男の人たちも少し身構える。

「かかれ!」

そして、男の人たちのグループの誰かの声によって一斉に男の人たちが動き出した。
完全に囲まれている状態の飛鳥に男の人たちの容赦ない数と力の暴力が襲う…と思われた。
しかし、飛鳥はするりと男の人たちの攻撃を交わす。

「舐めてんじゃねぇ!」

男からのフックを身軽に避け、懐に潜り込んだ飛鳥の素早いアッパーが男の顎に直撃。
大きく体が傾きよろめいた男の横っ腹に華麗な回し蹴りが入った。
その場に崩れ落ちうずくまる男を飛鳥は見向きもせず、卑怯なことに後ろから攻撃を仕掛けてきていた男へと鋭い視線を向ける。
次の瞬間、ひらりと浮いた飛鳥の体は空中で大きく捻られ、飛鳥へと振りかぶっていた男の首へと強烈な後飛び回し蹴りを食らわす。

「おらぁ!」

そこまで重たい一撃には見えない。
しかし、その身軽さを活かしたその動きはとても早く、男は首を押さえる暇も与えられずに冷たいアスファルトへと崩れ落ちた。
そして男を踏み台にするようにグッと男の背中に足をかけ踏ん切りをつけると高く飛び上がりそのままもう1人の男の顔面に飛び蹴りを食らわす。
しかし飛鳥の力では完全にダウンするまではいかなかったらしい。
赤いものを鼻から垂らす男はよろめき一歩後ろに下がった力を利用し、飛鳥に重く素早い拳を振るう。

「危ない!」

飛び蹴りの反動でまだ動ける状態ではなかった飛鳥に容赦なく男の拳が降り注ぐ…
かと思いきや、ギリギリで腕を使い飛んできた拳を流し避け、カウンターで相手の動きを利用しお腹に拳をめり込ませた。
その後も持ち前の身軽さと動体視力、どこで覚えたのか華麗な技でバタバタと男らを倒していった飛鳥。

「ふぅ…」

ものの数分でさっきまでななに群がりニヤニヤとナンパしていた男達は地面に屍のように倒れている。
飛鳥のほうは目立った怪我もなく、男に飛ばした拳のせいでほんのりと拳が赤くなっているだけ。
きっと痛かったんやろな…。

「飛鳥っ」

男の人らに囲まれた恐怖、そして飛鳥の華麗な動きに圧倒され動けずにいたななは、ここでやっと身動きをとることが出来た。
まだ残る強ばりを無視して肩で息をする飛鳥に抱きつく。

「ごめん。僕が離れたばかりに…。心配したよね」

ぎゅっと強く抱きしめると、飛鳥のいつもの優しいシャンプーの香りがした。
触れた体からは温かい飛鳥の熱が伝わってきた。

ぽんぽんなんて頭に優しい温もりが乗れば、きずっと緊張状態だった体は安心して力が抜け、膝から崩れ落ちそうになる。

「おっと、大丈夫?」

抱きついたまま体重を預けてしまっても、飛鳥はぎゅっと強く抱きしめ支えてくれた。
着膨れしてそこまで感じなかった飛鳥の細さは、抱きしめてみればすぐにわかる細い体。
弱々しく感じるその細い体は、今日はとっても強く感じる。

「怖かった…」

思わず漏れた弱音は、飛鳥に強く抱きしめられ包まれる。

「ごめん。もう離さないから…」

そっと飛鳥の冷たい手が頬に触れ、真剣な瞳がななを貫く。
ドキッと心臓が大きく波打つのを感じた。

「かぶっとけよ」

元々かぶる予定だったのか、リュックから取り出した飛鳥の黄色の耳のついたニット帽をななの頭に深くかぶせてくれた。
「これでバレないな」なんて爽やかに微笑みながら。
ほんま、手ぇ繋げないくせに時々イケメンになるの心臓がいちいちびっくりする。
…嬉しいけどな?

「じゃあ行こうか」

「飛鳥は怪我ない?」

「うん、平気」

赤みを帯びた拳は、寒さのおかげがさらに際立ち痛々しい。
だけど飛鳥はなんてことないと笑顔を浮かべたまま先導して歩みを進める。

ぎゅっ

ななの手をしっかりと握りながら…。

「キレイだね」

「うん、とっても」

やっと見ることのできたイルミネーションは、冷えた体に染み渡るように美しかった。
それはきっと、飛鳥と見ているから…かもしれない。

「結局体温まらなかったし、どこかカフェにでも入ろうか」

男の人に連れて行かれた時、ななにかけられていたジャンパーが地面に落ちてしまったらしい。
飛鳥は飲み物を買った後、そのジャンパーを手がかりに助けに来てくれたらしい。
飲み物はベンチに置いて。
戻るころにはもう冷えきっていて、飲んでもまったく体は温まらなかったのを気にしてくれているらしい。

「大丈夫、飛鳥と一緒ならあったかい」

「…じゃああと少しだけこうしてようか」

繋いだその手はとっても冷たくて、でもとっても温かい。
ななを守ってくれた手。ななを優しく包み込んでくれる手。

イルミネーションにより幻想的に彩られた木々が立ち並ぶ道の下。
お互いを離さないように、お互いの熱を冷まさないように、しっかりと手を繋いで景色を堪能した。

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