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動体視力なんて実はどうでもいいことに早く気づけ

動体視力

動体視力なら何でも揃うお店

&bsp;【※追記・修正・加筆しました】&bsp;&bsp;いよいよ今年もあと僅か・・・今年のD氏の活躍は凄まじかったですね~。
動体視力の衰え甚だしい&脳細胞も“AI不可欠”世代のguppie33は、世界を跨ぐ東奔西走のD氏の動向&情報に追い付けず、今年はついにフィギュア本の“ワールド・フィギュアスケート”――バックナンバーNo.77~No.80――と肩を並べる、ブログの定義と大幅に乖離する年間たった4回の更新・・・(コワッ!)
でもね、(自称)人懐っこい???guppie33、アイスショーや旅先で知り合った方々とお話しすると、楽しい、とか面白い、とかのリアクション?も結構頂き(イヤイヤ)いつの間にやらDファンになってる?の特技?を生かし・・・輔オタヒエラルキーの最下層からではありますが今年もD氏を細やかに応援したいなと・・・。文才ないのでキモレターなんてD氏が引退される前に2通程を死ぬ思いで書き上げて(笑)、それ以降は全く(書ケナイ)・・・な応援しかできない気弱な???guppie33ですが・・・枯れ木も山の賑わい的に娘と細々と応援していこうと思っていま~す&bsp;&bsp;画像感謝してお借りします。&bsp;氷艶~破沙羅~ 記者発表会見場にて D氏&&bsp;(襲名前の)染五郎丈&荒川女史演出家染五郎丈の多才さに驚愕し、しーちゃんの潜在能力にも改めて・・・再演を熱望するファンも多い・・・&bsp;氷艶~破沙羅~   敵方の酒宴の場で舞う阿国のD氏衣裳、音楽、太鼓、プロジェクションマッピングも素晴らしかったけれど、立ち回り・3次元のアクションのスピード&スリル&迫力に・・・
≪(チョコット)クリスマス オン アイス 2017&全日本2017≫
今年は、ZERO輔、ナビ輔、ブルーインパル輔、LOTF輔、氷艶輔、コーヒーイベント輔、ぼくマン輔、めばちこ輔(←チャウチャウ)、講演会、ショー多数等々多彩な顔を見せて下さったD氏の八面六臂の大活躍は、ファンとしては嬉しい限り~&bsp;&bsp;その中からチョコット感想を・・・&bsp;【クリスマス オン アイス2017】仕事の関係で初演しか行けない大阪在住の娘のため、チケットの抽選に申込みするも落選続きで、今年は無理かなと諦めていたところ公演間近になり漸く1階S席をゲット!
西北の端席でもあり、ちょっと見えにくいかな~と案じていたら、何と“ギルクラ大ちゃんのイケメン顔を間近で堪能しました~。ありがとう♪”のメール。
5月の『氷艶~破沙羅~』に始まり、『LOTF』『フレンズオンアイス』『THE ICE』『クリスマスオンアイス』と輔オタ親娘の“時間差親睦会(接待?笑)”は無事終了。来年の娘への発言権も・・・少しは優位に立つかも???デス。笑で、一度観た位では脳細胞に定着不能な記憶力減退気味のguppie33は、今年も12/16(夜)、12/17(昼・楽)と3公演を観ました。
今年も海外・国内の多彩なスケーターの皆さんの素晴らしいパフォーマンスの数々を堪能しましたが、やはり腐っても?輔オタ、牛乳瓶の“瓶底フィルター”を通して(イヤイヤ通さなくても)観た楽日の『Kroe』は、もう圧巻でしたね。
演技開始後十数秒で異空間“ダイスケワールド”へ誘う、そうカラスと同じあの“何か”が発動され目線も心も釘づけに・・・。
昨年・今年とレアアース並みに希少なD氏の新プロ・・・Dファンが渇望し、やっとお目通りを許された(笑)“ギルティクラウン”の『Kroe』(ピアノver.)・・・既出情報ですが、鑑賞した3公演共、周囲のDファン(guppie33も含む)が悉く放心状態だったことも記しておきますね。笑
唯、ただ・・・12/16夜公演、『Kroe』の演技中のお子ちゃま?の泣き声には・・・携帯電話の“着信音”(電源offのアナウンスあり)と“泣き声”の差異が、関西のオバちゃんguppie33にはホンマニ分からへんわ~~&bsp;リンク感謝してお借りします。“クリスマスオンアイス2017”『Kroe』https://www.youtube.com/watch?v=2G1qb3EXUtA&bsp;D氏のギルティクラウン『Kroe』&bsp;表情から、何となく連想してしまったので・・・&bsp;マリア・カラスの『蝶々夫人』&bsp;&bsp;
【全日本フィギュア2017】D氏はナビとして、体力の限界に挑戦か!?という位TVに出ずっぱりでしたね。大会中、guppie33的感動シーンのひとつは、氷マイスター輔がリンクの状態を説明する為、スケート靴で描いた軌跡・・・建築士がフリーハンドで円を描くように・・・“何て美しいんだろう!!”と目がハートになって何度もリピリピ。&bsp;で、オペラ好きguppie33が最も感動し涙したのは、トム・ディクソン振付、宮原知子ちゃんの『蝶々夫人』のパフォーマンスですね。過去を返りみて、数ある『蝶々夫人』のプロの中でguppie33的には一番好きな曲編集・振付かな・・・ディクソンの 一歩間違えれば陳腐になる恐れもある細かく繋ぎ合わせたパッチワークのような、でも、(アクマデ私見デスガ)考え抜かれた曲編集。終盤に、回想するかの如く、オペラ『蝶々夫人』と言えば誰でも知ってる有名なアリア『ある晴れた日に』のフレーズでフィニッシュ!・・・観客の泣き所も熟知されたディクソンの振付に・・・もう胸にぐっとくるものがありました。&bsp;プッチーニが作曲した当時(明治)の西欧人からみた信心深い東洋の娘の印象、子供のように小柄で無邪気な新婚の蝶々さんの描写、それから3年後、米国からもどってきた夫に裏切られたと悟った蝶々さんの元武士の娘としての覚悟等、15歳から18歳までの心の成長の過程まで手に取るように観客に届く、“知子ちゃん愛”が細部にまで溢れた振付、それにケガと長いリハビリ期間を乗り越えた知子ちゃんが重なって涙・涙・涙・・・本当に素晴らしい“蝶々さん”だと個人的には思いました!!!後は、平昌五輪までケガに気を付けて“知子ちゃんの蝶々さん”を完成させて頂きたいですね(※曲編集の中に、プッチーニが駐伊公使夫人に依頼し、楽譜を送付して貰った日本の旋律「宮さん宮さん」も含まれていますよ)&bsp;進化著しい表現力。知子ちゃんの『蝶々夫人』&bsp;2013年の頃の可愛い知子ちゃん(take by&bsp;guppie33)&bsp;リンク感謝してお借りします。Satoko MIYAHARA 2017-2018シーズンFS『蝶々夫人』https://www.youtube.com/watch?v=WHhQXsKQ37Y&bsp;&bsp;で、ダイスのローリー振付『道化師』には少し失望したかな。ダイスの演技ではなく振付の方に・・・。やはり、guppie33的最高傑作、シェー=リーン振付のD氏の『道化師』を観てしまうと・・・ね。
一昨年の『aiversary』はキャロルコーチも感動の涙を流されて、本当に印象に残る良プロだと素人目には思ったのですが・・・&bsp;ところで、今年の五輪有力候補には東日本大震災チャリティー演技会に出演された選手が多かったのにも驚かされましたね。宮本氏や、毎年、ワールド直後にもかかわらず疲労困憊の中、演技後の募金活動を含めると3時間以上立ちっぱなしでにこやかに応対されたD氏他選手の皆さんのお姿は決して忘れることはなく、ふと“善因は善果を生み・・・”の一節が脳裏を過ったりしました。全く偶然だと思いますが・・・&bsp;&bsp;&bsp;
あっ、もうこんな時間ですね~。最後になりましたが、全力で死闘を繰り広げられた選手の皆様お疲れさまでした。
いよいよ2017年ともお別れです。&bsp;&bsp;皆様、今年も大変お世話になりました。
&bsp;来年も高橋大輔氏を引き続きguppie33なりに応援していきたいと思います。
&bsp;2018年が皆様にとりまして幸多き年でありますように心よりお祈り申し上げます。
                                                   guppie33&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;              最後まで読んでくださり有難うございました♪&bsp;【追記】今から50年近く前に購入した、世界三大オペラ(他に『椿姫』、『カルメン』)のひとつと言われる『蝶々夫人』の全曲レコード解説(福原信夫氏寄稿)を読み返し、現代人のguppie33がが如何に恵まれているか、とか、後世にまで残る作品の作曲者が意外に身近な交友関係だった、とか改めて知り、初演は大失敗に終わったけれど、今では世界中に愛される作品になった『蝶々夫人』の初演時の詳細等も記されていましたので参考(要約)・引用させて頂きました。&bsp;①作曲者プッチーニ(1858-1924)・フィレンツェに近いアルノ川河口の街ルッカで百数十年続く代々音楽家の家で誕生するが6歳で父親と死別、その後父の門下生から音楽教育を受ける。・19歳の頃、貧しいプッチーニがピサの街で上演されるヴェルディのオペラ『アイーダ』を見たい一心に、50キロにわたる道を往復とも歩いて通った。それ以来プッチーニはヴェルディに限りない敬愛の念を抱くとともに、イタリア・オペラの伝統の真髄にふれることが出来た。“才能”を引き継ぐ家柄に生まれ、往復100キロの道のりをものともせず『アイーダ』を見にいく“熱意”で、ヴェルディの作品にふれ“感化”されたプッチーニはオペラの傑作を矢継ぎ早に生み出した。・22歳の彼はマルガリータ女王の奨学金を得ることができ、かねて希望していたミラノ音楽院に入学、後にオペラ『ジョコンダ』の作曲者として知られるポンキエルリに師事。在学中、ともに苦学をしていたマスカーニと知り合って下宿を共にした。(※①『ジョコンダ』は、マリア・カラスがNYからイタリアの地を踏み、ヴェローナの野外劇場で歌うことになるが、飛翔の立役者である恩師セラフィンと最初の夫メネギーニと知り合ったオペラ。②マスカーニは『カバレリア・ルスティカーナ』の作曲者であり、その間奏曲としてはもっとも有名な曲のひとつ。)&bsp;&bsp;②その初演をめぐって「『蝶々夫人』の初演は1904年2月17日の夜、ミラノのラ・スカラ座で行われた。プッチーニはいつも初演の前は非常に焦燥にかられるのが常であったが、この『蝶々夫人』だけはいつになく自信に満ちていた。『マノン・レスコー』の初演のときも、『ラ・ボエーム』『トスカ』のときも不安でいらいらしたものであったが、今回のみは非常に平静であったし、成功の確信をしていた。それは初演の日に家族を招待したことのないプッチーニが、家族のみならず、ミラノに住んでいた姉妹までも招いたことでわかる。&bsp;事実この公演を引き受けてくれたスカラ座の支配人G・G・カサザも、最高の上演をもたらすようにあらゆる手立てを尽くしていてくれたし、配役も蝶々さんをロジーナ・ストルキオ、ピンカートンをジョヴァンニ・ゼナテルロ、シャープレスをジュゼッペ・デ・ルカという当時最高の名歌手を揃えた上、ベテランのクレセンツィ・カンパニーニが指揮をとった。&bsp;ストルキオは小柄であったが、リリカルな表現にすぐれ、トスカニーニの大のお気に入りであったし、総練習のときは、いつもすっかり馴れっこになっていてあまり感激しない舞台の裏方まで感激して涙を浮かべたり、オーケストラも起立して作曲者に敬意を表したほどであった。切符の売り上げも当時としては破天荒の25,000リラという巨額を収め、あらゆる点で成功を疑う余地がなかった。&bsp;プッチーニはその初演の昼、ストルキオに対して元気づけるため「聴衆は完全に魅了されるだろう」と書き送ったが、運命は皮肉にもすべての期待を覆してしまった。&bsp;夜を迎え、いよいよ幕があがった。聴衆はこの日本の異国風な道具立てに対して、明らかにとまどったようであった。蝶々さんの登場のあの華やかな場面になっても拍手は起こらず、聴衆は冷たく沈黙を守り続けていた。その時突然天井桟敷の方から「ラ・ボエーム」と同じじゃないか。」と弥次る声がとび出し、人々はこれに合わせて「ラ・ボエームだ」「ラ・ボエームと同じだ」と騒然となり、それ以後は再び氷のような沈黙が続いた。そして第1幕の幕が降りたとき起こった僅かの拍手さえ、制止する声で直ちに静寂に帰ったのである。&bsp;プッチーニは、幕間に「きっと第2幕で盛り返すだろう。」とストルキオを慰めたが、それも無駄であった。第2幕で舞台裏からの風のため、着馴れないストルキオの着物が膨れ上がったのを見て、客席から「蝶々さんはお腹が大きいのか」とひやかす声が聞こえたので、さすがのストルキオも泣き出し、涙を流しながら「ある晴れた日に」を歌ったという。蝶々さんがシャープレスに子供を見せる場面になるとみだらな弥次が飛んだり、夜明けの小鳥の声をオーケストラが奏するところでは、客席で小鳥の鳴き声を模するものさえ現れ、最後の自害の場面では笑い声さえ湧いたのであった。もちろんアンコールは一回もなく、このありさまを見たプッチーニの妹は失神せんばかりであったし、ストルキオも楽屋で涙にくれていた。&bsp;プッチーニはストルキオもをやさしく慰めながら、「この作品は自分として最上の作品であるから、きっと世界を風靡する日がくること確信する」といい、「自分が生きている限りこのオペラをラ・スカラ座では上演させない。」と言明した。事実、成功をみせた後も、プッチーニの生前には遂にラ・スカラ座で上演されなかったのである。&bsp;&bsp;

動体視力の原点へ。

ホタル &bsp;観てきたよ〜

生田緑地 &bsp;ホタルの国での
ホタルの観賞は
6/8(金)〜6/24(日)19:00~21:00
警備員を配置して
誰でも安全に 安心して観賞できる
ココで出会えるのはゲンジボタル
ゲンジボタルの成虫は
羽化してからたった1週間の命
ゲンジボタルの発光明滅は会話なんだって
発光明滅によってオスとメスが出逢い
子孫を残すことができるのだ
儚くも &bsp;ロマンチックだなぁ

まだ少し明るさの残る6:45くらいに到着
チラホラと人は集まりつつあった
家族連れが多く
小さな子どもたちは浮かれて飛び跳ねたり
兄弟ゲンカを始めたり
突然走り出したり&bsp;
細い木道から落ちてしまわないかと

ヒヤヒヤした

長く続く木道を
ひたすら歩いて &bsp;一番奥の方まで行き
ここだ!と目星をつけて
真っ暗になるのをジッと待った
私は &bsp;昔から視力は2.0
動体視力も良いので
光ったらすぐに見つけられる自信があった

7:15くらいになった頃だろうか・・・
ポツンと一つ &bsp;小さく光るものが
あっ&bsp;&bsp;&bsp;
ついに第一ホタル発見
フラフラっと飛んで &bsp;
私の目の前の草むらに止まった
そして
光は消えてしまった
まだ &bsp;薄暗い感じなので
もっと暗くなるまで待とう

暗くなるにつれて
木道は &bsp;人! &bsp;&bsp;人&bsp;&bsp;人
あっという間に &bsp;人で溢れかえっていた
幅は2m弱ほどの木道
柵がある所は良いが
柵がなく &bsp;
淵に10㎝ほど高くなった段があるだけのところは
落ちてしまいそうでヒヤヒヤ
それでも &bsp;通行人への配慮で
木道の淵や階段の淵 &bsp;曲がり角などには
1㎝角のうっすら光る夜光シールが
ポツポツと貼られていた

漆黒の闇に包まれた頃
先ほど光が消えた辺りで
今度は &bsp;とても力強く
ピカ〜ッと光り始めた
あっ &bsp;&bsp;向こうでも&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;後ろでも
光りながら
私たちの頭上を飛んで反対側へ
お〜〜〜&bsp;&bsp;&bsp;と
そこにいた誰もがにわかに興奮

小さな子どもたちは
すでに飽きてしまい
「お腹すいた〜」
「早く帰ろ〜」
「暗くて怖い〜」
そんな声をかき消すように
親の方が楽しんでいる姿が面白かった

存分にホタルの逢瀬を観賞し
まだまだ増える人混みをかき分けて
帰路についた

ホタルの観賞にあたり
約束事がたくさんある
・懐中電灯やスマホなど&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;光を発するものは全て禁止
・ホタルを捕まえてはダメ・写真 &bsp;ビデオ撮影禁止・ペットNG・蚊取り線香 &bsp;スプレー等NG&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;&bsp;etc・・・

ホタルに光を当てると
2、3日発光できなくなるそうだ
日頃
スマホを常に手にしている私たち
でも
ホタルの国では
みんなが約束を守り
誰一人として
スマホを使用していなかった
ホタルを守るために
暗闇を大切にしてあげていた
話し声も控え目で
騒がしくならないよう配慮している姿も
アレだけ
たくさんの人が集まっているにもかかわらず
自然の中のゲンジボタルが観賞できるのは
なかなかすごいことだなぁと
感動した
午後のMRI検査は
ほとんど待たずにスムーズに行えた
帰宅も思ったより早かったので
一度横になり休憩することができた
疲れていたら辞めようと思っていたが
すっかり元気回復したので
・・・というか
ホタルを観たい気持ちが強くて
元気にならない訳がなかった
ホタルに逢えて良かった〜

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